※当サイトではアフィリエイト広告を利用しています

マカの歴史と日本での普及

マカは、原産地の南米ペルーにおいて古くから貴重な作物として利用されてきました。栽培が禁止された時代もありましたが、現在はペルーの重要な外貨獲得の手段として諸外国に盛んに輸出されています。
日本には1990年に初めて紹介され、2000年頃から健康食品として広く利用されるようになりました。

原産地ペルーでの歴史

マカは、古くから自生地であるペルーの高原で栽培され、重要な食物として利用されてきました。現在、マカはペルーの主要な輸出品のひとつです。

古くから重要な食物として利用されていた

マカは、約2000年前にはすでに南米のアンデス高地で栽培されていました。
15世紀のインカ帝国の時代には、マカは特権階級の食べ物とされ、手柄を立てた兵士への褒美としても使用されていました。
乾燥させたマカは長期間の保存が可能なことから交易品としても使用され、現地の代表的な家畜であるリャマと少量のマカが交換されていたという記録があります。

スペイン人の征服を助けたという逸話がある

インカ帝国は16世紀にスペイン人によって滅ぼされましたが、その際にマカが征服を助けたという逸話があります。

スペイン人は、侵略のために多くの馬を持ち込みました。しかし、馬が高地の環境になじめず、繁殖できないまま次々と倒れてしまいました。そこで現地人に教えられたマカを馬に与えてみたところ、馬が元気になって繁殖が盛んになり、馬の全滅が避けられたといわれています。

一時は栽培が禁止された

スペイン人がインカの地を征服すると、キリスト教の布教のために現地の宗教が禁止されました。マカは現地の宗教の供え物として使用されていたため、マカの栽培も同時に禁止されてしまいます。禁止されていた間は、マカはアンデス高地の奥地で密かに栽培されていました。

その後400年以上経過した近年になって、マカを摂取しているアンデス高地の人々の健康状態の良さが知られるようになり、マカが健康食品として注目を集めるようになりました。

マカはペルーの貴重な輸出品

現在、マカはペルーから諸外国に盛んに輸出されており、ペルーの貴重な外貨獲得の手段です。
ペルー以外でのマカの栽培を防ぐために、ペルー政府は生のマカやマカの種を海外に持ち出すことを2003年に法律で禁止しました。
現在は、乾燥させて粉末状にしたマカが輸出されています。

日本でのマカの普及

現在の日本ではマカが広く利用されていますが、マカが日本に普及したのは比較的最近のことです。

・1990年に初めて紹介される
マカは、1990年に大阪で開催された「国際花と緑の博覧会」において、日本に初めて紹介されました。この博覧会は「花の万博」とも呼ばれ、アジアで初めて開催された国際園芸博覧会です。
ペルー政府は、花の万博においてマカを日本に初めて紹介し、その効果の高さをアピールしました。また、当時は輸出が禁止されていなかったため、マカの種が日本のさまざまな団体や研究所に提供されました。

その後、1997年にペルーの日本法人が健康食品としてマカの販売を開始しました。その翌年の1998年には当時のペルー大統領だったアルベルト・フジモリ氏が来日し、マカを含むペルーの特産品を紹介しました。

・2001年以降に急速に広まる
2001年と2003年にはテレビ番組でもマカが紹介され、マカの知名度は急速に高まりました。2003年から2006年にかけて、日本のマカの輸入量は世界第2位でした。近年は中国などでマカの人気が高まったことから順位は下がりましたが、現在も日本はマカの主要な消費国のひとつです。

・日本での栽培も行われている
マカの自生地はペルーの高地であり、日本とは環境が大きく異なります。
日本での栽培は困難を極めましたが、研究者が1990年に種の提供を受けてから20年近く試行錯誤を重ねた結果、日本でもマカが栽培できるようになりました。

日本では、ペルーのような露地栽培ではなくビニールハウスで栽培されており、ペルー産のマカよりも特定の有効成分が多いという分析結果がでています。
日本産のマカを使用したサプリメントも販売されており、安全性と品質の高さから人気を集めています。

関連記事:原産国によるマカの品質と価格の違い

近年は中国でも栽培されている

高い滋養強壮効果があるマカは、中国でも人気を集めています。
中国では2013年頃から急速にマカの生産が拡大し、高地の多い雲南省などで栽培が盛んに行われています。
中国産のマカは日本にも輸入されており、サプリメントの材料として使用されています。

マカは古くからペルーのみで栽培されてきましたが、中国での栽培の拡大によって、近年はその生産量に大きな変化が現れています。